松葉寿司 塚口本店の2階で、インタビューに答える岡本博幸社長と岡本剛志専務。

一貫の握りに、
祖母の教えと「ありがとう」を継いで

神戸大水害で全てを失った祖母が、塚口で再び始めた食堂。それが松葉寿司の原点だ。岡本博幸社長と弟の剛志専務は、変わらぬ「シャリの味」と「おもてなしの心」を受け継ぎながら、この街の未来へ、歩みを進めている。

「寿司の命は、シャリの味です」。岡本博幸さんは、そう言い切る。祖父母の代から塚口で続く松葉寿司を、弟の剛志さんと受け継いで——変えないものと、変えていくものの間で、兄弟は今日も暖簾を上げる。

大水害から、塚口で

松葉寿司の始まりは、岡本さんの祖父母の代にさかのぼる。ふたりはもともと、神戸の荒田町で、魚の行商を営んでいた。

とりわけ祖母は、商才に長けていたという。客の求めに応じて、魚をその場で切り身にして売る。当時としては先進的なサービスで、店は繁盛し、神戸大学の近くに建物を構えるまでになった。

ところが、昭和13年(1938年)。神戸を襲った大水害が、その全財産を一夜にして奪っていく。それでも、祖母は立ち上がった。自身の出身地である塚口の市場で、食堂を再び始めたのだ。それが、いまの松葉寿司の原点になった。

「松葉寿司」の木の看板と紫色の暖簾が掲げられた、塚口本店の外観。
塚口の街に暖簾を掲げる、松葉寿司 塚口本店

「松葉」という名前

「松は常緑で、年中栄える」。店名の由来を、岡本さんは長く、祖母のその言葉だと信じてきた。

ところが5年ほど前、思いがけない事実を父から聞かされる。「松葉」という名は、前身だった「松葉食堂」の顧客を引き継ぐための命名でもあった——。長く信じてきた由来とは違う、もうひとつの物語。それを知ったときの驚きを、岡本さんは今も覚えている。

変えないもの、変えていくもの

祖父母から受け継いだもののなかで、岡本兄弟が決して変えないと決めているのが、「シャリの味」だ。寿司の命ともいえるその基本の軸は守りながら、時代に合わせて、細やかに調整を重ねていく。

受け継いだのは、味だけではない。祖母の厳しい躾から学んだ「おもてなしの心」。そして、仕入れ先にも、従業員にも、お客様にも、感謝を忘れない「500円玉の教え」。これらは経営理念として、朝礼で全員が唱和する。

「ありがとう」が連鎖していくことが、会社の発展につながっていく——兄弟は、そう信じている。

「『ありがとう』の連鎖が、会社を育てていく。仕入れ先にも、従業員にも、お客様にも、感謝を忘れないんです」 —— 岡本 博幸さん・岡本 剛志さん
松葉寿司の店先で、白衣姿の岡本社長や専務と笑顔で言葉を交わす男子学生たち。
学生の問いに、一つひとつ答える岡本兄弟(園田学園大学の取材)

朝4時を、7時に

老舗の味を守ることと、働く人を守ること。その両立に、兄弟は正面から取り組んできた。

人手不足への対応と品質の維持のため、「ものづくり補助金」を活用して「プロトン凍結機」を導入した。食材を長く保存でき、仕込みの工程も効率化できる。これにより、職人の出勤時間は「朝4時」から「早くて7時」へと、大きく短縮された。

さらに、1年分の営業データを分析。赤字になりがちだった「14時から17時」の時間帯を、思い切って休憩時間に切り替えた。結果として、従業員の定着率も、サービスの質も上がっていった。

見えないところに、手をかける

お客様には気づかれない、職人ならではの仕事がある。専務の剛志さんが語る。

大ネタには、裏包丁を入れる。寿司用の醤油は四国から取り寄せ、鰹節でもう一度だしを取る「追い鰹」でコクを出す。関西らしい、甘めで味のしっかりしたシャリを守り、市販品には頼らない。見えない部分にこそ、深くこだわる。

そして、これからの職人像について、兄弟には明確な方針がある。技術だけでなく、原価計算もマネジメントもこなす——そんな「マルチな人材」であってほしい、と。

「お客様は気づかないような、見えない部分にこそ、こだわるんです」 —— 岡本 剛志さん

「松葉の寿司しか食べられない」

剛志さんの胸に、深く刻まれている出来事がある。

毎日、寿司を配達していた常連客がいた。病気で「松葉の寿司しか食べられない」と、店を頼りにしてくれていた方だ。やがて、その配達は途絶えた。後日、剛志さんは葬儀の仕事を通じて、その方の最期の食事に、松葉の幕の内が選ばれていたことを知る。

食を通じて、ひとりの人生を支えていた。その重みに、剛志さんは深く胸を打たれたという。

バズより、常連の居心地

インスタグラムやTikTokも、松葉寿司は活用している。けれど、安易なバズは狙わない。インフルエンサーを起用して一時的に客を集めれば、長く通ってくれる常連客の居心地を損なってしまうかもしれない。その懸念を、兄弟は避ける。

昭和51年ごろ、この地域に飲食店はまだ少なく、店は繁盛した。けれどいまは、競合が増えた。回転寿司の台頭もあり、価格への不安から、若い世代は職人の寿司店を敬遠しがちだ。

だからこそ、年に一度でもいい。職人が握る本物の寿司を体験してほしい——岡本さんは、そこに使命を感じている。かつては学生向けの割引も実施した。いまのランチセットは、1100円で提供している。

米をつくる、という夢

松葉寿司という中核の品質は、これからも守る。そのうえで岡本さんが見据えるのは、店の持続可能性だ。

事業再構築補助金を活用して立ち上げたのが、通販に対応する新ブランド「MATSUBA CHISOU」。そしてもうひとつ、大きな夢がある。法人として、農業に参入すること。農家と契約し、米を自分たちで生産し、消費する。日本の食料自給率の向上に貢献したい——その思いが根っこにある。もちろん、つくった米は、本業の寿司にも使う。

「塚口ジャズ」と、この街の未来

岡本さんの視線は、店の外へも向かう。コロナ禍で演奏の機会を失った後輩のために始めたのが、地域イベント「塚口ジャズ」だ。2026年で、5年目を迎える。取材の翌日、6月13日にも、プロを招いて開催するという。

未来の子どもたちが、安心して暮らせる国を。寿司を握りながら、岡本さんが思い描いているのは、そんな地域の、そして国の姿だ。

「未来の子どもたちが、安心して暮らせる国づくりに、貢献したいんです」 —— 岡本 博幸さん
松葉寿司 塚口本店の前で記念撮影におさまる、岡本社長・男子学生3人・岡本専務。
取材を終えて。左から岡本博幸社長、内田さん、嶌さん、山下さん、岡本剛志専務(園田学園大学ビジネス学科)

※この記事は、2026年6月12日に園田学園大学ビジネス学科の学生が、松葉寿司 塚口本店で行ったインタビューをもとに作成されました。地域活性化に取り組む「はんつかサラダ実行委員会」の活動の一環です。撮影・取材:園田学園大学の皆さん

松葉寿司 塚口本店の前に並んで立つ、岡本博幸社長と岡本剛志専務。

岡本 博幸(おかもと ひろゆき)/ 岡本 剛志(おかもと たけし)

松葉寿司(塚口本店)社長・専務

神戸大水害を経て祖母が塚口で再興した食堂を原点とする老舗寿司店を、兄・博幸さんが社長、弟・剛志さんが専務として受け継ぐ。「シャリの味」と「おもてなしの心」「500円玉の教え」を守りながら、プロトン凍結機の導入や新ブランド「MATSUBA CHISOU」など、働き方と事業の刷新にも取り組む。地域イベント「塚口ジャズ」の主催など、まちの活性化にも力を注いでいる。